遺伝子治療、実用化近づく‐先天性疾患から後天性疾患も攻略

 ヒトの体内に遺伝子や遺伝子を導入した細胞を投与する「遺伝子治療」の実用化に期待が高まっている。「遺伝子治療の概念提唱と臨床応用」に貢献したセオドア・フリードマン博士とアラン・フィッシャー博士が日本国際賞を受賞した。1990年代には副作用などの問題で停滞期を迎えたが、その後臨床での成功事例も出始め、全世界で約2000件の臨床研究が行われるまでに進展している。海外から立ち遅れた日本でも、再生医療新法など法改正を契機に、開発の機運が少しずつ高まってきている。

 

病的細胞に遺伝子導入‐ウイルスを“運び屋”に


 遺伝子治療の発展は、必要な遺伝子を切り出したり、切り出した遺伝子を他の細胞に導入する遺伝子工学の進歩が始まりである。基礎研究を主導した米国のフリードマン氏は、1972年に遺伝子治療の概念と研究の進め方に関して論文を発表した。

 「目的の遺伝子を安全に患者の体内に導入すること」と、「遺伝子が体内で安定的に発現し続けること」を満たすために、ウイルスを遺伝子導入用ベクター(運び屋)として利用する手法が重要とした。

 治療に必要な遺伝子を、ウイルスの遺伝子と置き換え、標的細胞に感染させる。導入された遺伝子は治療用蛋白質を合成するが、ウイルスの重要な遺伝子は欠損しているので副作用の原因となるウイルス増殖は起きない。これこそが、理想的な治療法だと訴えた。

 フリードマン氏による遺伝子治療の提唱が先駆けとなり、世界中の研究者が研究に取り組み、1990年代に入ると、世界中で競って臨床研究が行われた。90年に米NIHの研究グループが主導し、細胞内で核酸の代謝に関わる酵素「アデノシンデアミナーゼ」(ADA)欠損症に対する世界初の遺伝子治療がスタートし、国内でも95年に北海道大学で遺伝子治療が実施された。

 しかしこれらの臨床研究は、当初期待していた治療効果を示すことができなかった。患者の細胞に十分な量の治療遺伝子が導入されていなかったり、導入されたとしても、時間と共に目的とする蛋白質の合成が止まってしまうためだとされた。遺伝子治療は停滞期を迎えることになる。

 

停滞期の90年代越え臨床の成功事例へ


 “失われた10年”から脱却する研究成果を挙げたのが、フランスのフィッシャー氏。99年にX染色体の遺伝子に異常があり、生まれつき免疫系が働かないX連鎖重症複合免疫不全症(X‐SCID)の遺伝子治療に成功した。

 90年に米国で行われた遺伝子治療と、フィッシャー氏が行った遺伝子治療では、遺伝子治療を導入する細胞が異なる。

 フィッシャー氏は、体内から取り出したリンパ球に遺伝子を導入するという方法ではなく、リンパ球の元になる骨髄の造血幹細胞を取り出し、そこに遺伝子を導入。1回の投与でも、造血幹細胞が正常機能を回復したリンパ球を次々と作り続け、患者は長期にわたって免疫機能を回復することができた。

 つまり、遺伝子を導入する細胞と遺伝子導入用ベクターの特性を追求すれば、治療に応用できることを実証した。
フィッシャー氏によって実証された造血幹細胞遺伝子治療で一気に加速するかと思われたが、その後も紆余曲折が続いた。X‐SCID患者8例中4例で、白血病が発生する事態に直面した。遺伝子導入用ベクターとして用いた「レトロウイルス」が、ランダムに遺伝子に組み込まれるのではなく、特定の遺伝子に組み込まれることで、白血病を引き起こしていたのだった。

 フィッシャー氏はただちに安全対策を講じ、患者の長期経過観察を行った。その結果、「重症免疫不全症に対しては、遺伝子治療は従来の造血幹細胞移植療法に匹敵する有効性を示し、安全性の点ではむしろ勝っている」という科学的なエビデンスを確立。08年頃から遺伝子治療が盛り返す突破口となった。

 

世界的に開発が加速‐夢の治療法は目前に


 遺伝子治療が医学として確立できたのは、2000年のヒトゲノム解読完了にある。遺伝子配列が明らかになり、それ以降、遺伝子がどういう蛋白をつくり、どういう生体機能を果たすかがだんだんと分かってきた。成功事例が相次いで発表されるようになり、ADA欠損症を対象とした臨床試験では、42例中全例生存、31例で酵素補充療法中止、無病生存率80%を達成した。

 遺伝子導入用ベクターも進化している。レトロウイルスやレンチウイルスなど幹細胞に遺伝子を導入するベクターだけでなく、アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターのように、肝臓・神経・心筋細胞など分裂しない終末分化細胞にも遺伝子導入できる技術も開発された。

 遺伝子疾患から後天性疾患を含む治療満足度の低い疾患領域へと用途が広がっている。パーキンソン病患者に欠乏している神経伝達物質「ドパミン」を合成する遺伝子を、AAVベクターを用いて脳内に導入する治療法では、臨床研究で患者の症状改善が確認された。

 そして近年脚光を浴びているのが、キメラ抗原受容体(CAR)を用いたT細胞療法である。白血病や悪性リンパ腫などB細胞性腫瘍に対して効果が期待されており、既に100例以上の症例が登録されている。まだまだ有効性・安全性に課題を残すものの、次世代の遺伝子治療として注目されている。一方、「CRISPR」に代表されるゲノム編集技術も進化を遂げており、染色体上の狙った標的部位に遺伝子を導入し、組み換えができるようになった。異常な遺伝子を正常な遺伝子に修正し、究極の治療法に向けた研究も進んできている。

 海外では製薬大手が開発に乗り出す一方、日本では未だ立ち後れているのが現状。タカラバイオやアンジェスMGなど一部のベンチャー企業で開発が進んでいるが、欧米に比べ国の支援や開発の実施体制が十分ではなく、遺伝子治療がビジネスとして成立するか不透明な部分も影響しているようだ。再生医療新法の施行が追い風となり、製薬企業数社で共同研究を行うコンソーシアムなどが設置されれば、一つの方向性になるだろう。

 1972年にフリードマン氏が発表した提言では、遺伝子治療実現に向けた技術的課題、臨床的課題に加え、倫理的課題という重要な問題を投げかけている。遺伝性疾患の将来的治療法として期待する一方で、臨床応用に関する科学的倫理的基準を作成する努力を続けることを提唱。その後、米大統領諮問委員会での議論、米NIHによる治療ガイドライン策定へとつながった。提言から40年が経過し、遺伝子治療、細胞・再生医療などが動き出した今もなお、重要なメッセージとして残り続けている。

 

フリードマン博士が示した遺伝子治療実現への提言


 (1972年の時点で)遺伝子制御技術が不完全、遺伝性疾患の病態に関する知見が乏しい、遺伝子治療の短期的長期的副作用に関する情報がないという未熟な状況の中で、遺伝子治療の臨床応用を試みるべきではない。しかし、遺伝性疾患の将来的治療法として、遺伝子治療は有効であると考えるので、そのための技術的倫理的基準を作成していく努力を継続することを提案する。

薬事日報より

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